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真珠腫性中耳炎

手術をしないと耳が勝手に壊れていく病気、それが真珠腫性中耳炎

中耳炎という言葉から想像されるもの

「中耳炎」という言葉を聞いて頭に浮かぶイメージは、小さなお子様が突然耳を痛がり熱を出してぐずり出すようなものと思います。ただ、こちらは「急性中耳炎」と呼ばれる病気になり、同じようなことをもう少し詳しく解説していますので、またそれについての説明のページを別途ご参照いただければと思います。

なかなかみつからない…怖い中耳炎??

中耳炎の一般的なイメージでは、先にお話したようなことが多いと思いますが、中耳炎という病気の中には、本人の自覚症状や痛みもほとんどないままに静かに進行し、自分でもわかるほどの症状:耳だれや片方の聞こえにくさが出てきたときには手術を受けていただくしか治療方法がないといったものがあります。それが「真珠腫性中耳炎」と呼ばれる疾患です。「中耳真珠腫」とも呼ばれるこの疾患ですが、ざっくり言うと、「鼓膜よりも奥の位置に引き込まれてできた耳あかのかたまり」です。

耳あかの正体はもともと鼓膜表面の細胞で、これが時間経過とともに外へ外へと移動して耳垢となります。しかし、何らかの理由で鼓膜よりも奥の空間に耳垢がたまり続けると、そもそも空間がないため、周辺の組織をつぶしていくような強い炎症を起こします。

中耳と呼ばれるエリアはもともと周囲を骨で囲まれているような場所です。そんな狭い場所に耳あかのかたまりが間違った形で引き込まれてだんだんと貯まって時間経過とともに大きくなってくると、まわりに逃げ場がないため、周囲の組織と炎症を起こしてしまいます。そしてその炎症が続くとついには周りの骨が溶け出し始めてしまいます。
ちなみに、普通の耳あかは外耳道の入り口付近の皮膚の脂分と混ざり合い、薄い黄土色のような色がついた見た目をしていますが、その一方でこの真珠腫性中耳炎という病気では、耳あかの塊とは言っても、そういう脂分と混ざることがなく、その分汚れることがありません。結果的に、手術の時には顕微鏡の光も相まってその病変が大変白く光り輝いて見えます。これがまさに真珠のように見えることから、いかにも美しい名前がつけられています。

周りの骨が溶けると…

  1. 鼓膜の裏には、鼓膜で拾った音をてこの原理で増幅させて、それから神経を経由して脳みそへ伝える「耳小骨」と呼ばれる骨があります。これが溶けてくると「伝音難聴」と言われる、まず音を拾えないタイプの難聴(=伝音難聴)をきたします。また、鼓膜が破壊されると、その穴付近から感染が起き、バイキンが入って炎症を起こすため、いやな臭いを伴う耳だれや、また破壊の程度に伴って血液の混じった耳だれが出てきます。この耳だれをきっかけにして判明することもあります。また、炎症を起こすと鼓膜が破れて、その奥の粘膜が腫れた場所がポリープのように見える場合もあります。

  2. 耳の奥には、体の傾きの情報を拾う「三半規管」と言われる場所があります。こちらが壊されてくると、破壊の程度にもよりますが「めまい」を感じるようになります。耳の穴に指をいれようとすると、つまり耳の近くに圧がかかった時にめまいをきたすことを瘻孔症状といいますが、そういった三半規管の破壊を表す症状を伴うこともあります。

  3. またさらにその近くに、骨に囲まれた管の中には顔の筋肉を動かして顔の表情を作る顔面神経が走っています。もしこちらが壊されると神経がマヒするために、いわゆる「顔面神経麻痺」といって、表情がうまく作れない状態になってしまいます。(ちなみに、「ひょっとこ」のお面は、この顔面神経麻痺を表したものであると考えられています)

  4. 顔面神経の分かれていった枝には、「鼓索神経」と呼ばれる神経があります。その役割は舌の前2/3のエリアで味覚を感じ取ることです。つまりこの神経が破壊された場合、舌の左右どちらかの前方で味覚を感じることができなくなってしまいます。人間の五感の一部である味覚を一部とは言え失ってしまうことになり、食事を楽しみとしている方や料理に関わる職業の方ならそのダメージは計り知れません。

  5. さらに進むと、頭蓋骨を下から突き破って育っていってしまいます。すると、本来ならば脳みその周りにはバイキンがいてはいけないのですが、耳の奥から病変を経由してバイキンが入って行ってしまうようになります。そうなると髄膜炎や脳膿瘍などと呼ばれる、非常に重篤で回復自体に時間がかかる感染症を来してしまいます。髄膜とは脳の実質を保護する膜の一つですが、その髄膜の炎症は髄膜炎と呼ばれます。ひどい頭痛や吐き気などの症状を伴う炎症です。また、脳膿瘍とは、脳みその実質部分にバイキンのかたまりが巣食ってしまう病気です。ひどい場合は月単位になるほど長い期間の入院で抗生物質を点滴しないといけませんし、そうしてバイキンが暴れている勢いを抑えてから脳神経外科の先生がたと合同で長時間の手術を受けていただかないといけなくなってしまいます。

まさに名前はきれいで美しい響きではあるのですが、実際の病気となるとその名前とは裏腹に大変怖い病気となります

どうやって治せばいいの??

治療は、手術が中心となります。「鼓室形成術」「乳突削開術」と呼ばれます。
比較的早い段階で発見された場合は一回で済む場合もありますが、手術はいわゆる二段階の手術となることが一般的です。

理由は、この手術は顕微鏡を使うような細かな手術なのですが、顕微鏡で病巣をしっかりとりきったという確認を行っても、ある程度の割合で再発してくることが経験的に知られているためです。現在では、一段階目はまずは確実な病巣の摘出と耳管機能の改善を図り、約一年後に二段階目の手術として再発のないことの確認と、伝音機構(耳小骨連鎖)の再建を行われる手法が通常ではないかと考えます。

一段階目の手術では、耳の後ろに切り込みをいれて耳たぶをめくりあげ、乳突蜂巣と呼ばれる骨の洞穴を削り中耳へと到達し、病巣の丁寧な剥離、清掃除去を行います。(ちょうど髪の毛と耳たぶに隠れるところで、傷跡はさほど目立ちません)
この時にもともとの耳の耳小骨などの伝音機構が真珠腫の中に取り込まれて溶けてしまっていることが多く、そういったもののかけらを少しでも残しておくとそこから再発が起きるので完全除去を期して取り除きます。そして、二回目では、再発がしていないことを確認してから、前回の手術で病巣と一緒に取り除いたものを、耳たぶの軟骨や耳の裏の骨を材料として利用して以前取り除いた耳小骨に代わる骨の構造を再建し、音を拾って伝える機能の回復を図ります。つまり一回目の手術で聞こえが今までと比べると悪化するので、二回目まで約一年程度は我慢していただく必要があります。

再発について

少しでも取り残しがあると高率に再発が起こります。(「遺残性再発」と呼ばれます)
また、中耳の換気機能がもともとよくないことが背景にあり、その土台の環境を放置したままではまた再発(「再形成性再発」と呼ばれます)を起こすことがあります。そうならないため、耳の奥の環境を改善するために鼓膜の表面に換気を促すためのチューブを留置したり、また、再建した鼓膜が奥へ引き込まれていかないように耳たぶの軟骨で鼓膜に裏打ちを行い強度を補強するといった工夫を行います。
基本的には全身麻酔で約3時間程度の手術となります。また、耳の手術は専門性が高く、だれでも簡単にできますといった類の手術ではないため、術者として独り立ちするまでにかなりのトレーニングを必要とします。
近年はより小さな範囲で内視鏡を用いた手術を行う施設もありますが、まださほど広く普及してはいません。

原因…「そんな怖い病気にかかりたくない!!」

ではどうして外へ出てくるはずの鼓膜の表面の細胞が、鼓膜よりも奥のほうへ引き込まれて、中耳と呼ばれるような狭いエリアへ入りこんでしまうのでしょうか?

これには、中耳の換気機能=ガス交換機能、ひいては圧力の調整の機能が深くかかわっていると考えられています。中耳という言葉は鼓膜の奥のエリアのことを表す言葉ですが、その鼓膜の奥と鼻の奥との間に空気の行きかいや圧を調整している「耳管」と呼ばれるトンネルがあります。普段は鼓膜よりも奥から若干外向きの圧力がかかっており、鼓膜はその圧力に支えられてピンと張った状態で保たれています。そして、その耳管というトンネルは、上咽頭と呼ばれる鼻の奥、のどちんこの裏の空間とつながって圧力の調整をしています。例えばエレベーターで急激に高い所へ移動したり、新幹線の中でトンネルに入ったりしたとき急激に耳がつまり、そのあと何度か唾を飲み込むと「パカッ」と空気が通って、その時から塞がった感覚がなくなりますが、これが「中耳」の「換気機能」のあらわれです。

また、この働きには、耳管だけではなく、耳たぶの後ろにある「乳突蜂巣」と呼ばれる、ハチの巣に似た小さな骨の洞穴の空間がびっしりと集まった場所がきちんと発達していることも重要です。つばを繰り返し飲み込んでなかなか「パカッ」とならなくても、時間が経過すると気が付いたら治っていた、といった場合はこの乳突蜂巣の換気機能が働いたおかげです。鼓膜の奥と手前の空間の圧力の調整は、この耳管によるものと、乳突蜂巣の粘膜を介した換気によるものの二通りの方法を通じて行われます。つまり、圧変化に対して速い調整には耳管が、ゆっくりとした調整には乳突蜂巣が対応するといったような役割分担があります。(圧力の調整は、換気の機能に準じます)

ちなみに、小さなほら穴をたくさん作っておくことは、換気に関わる粘膜の表面積をできるだけ大きく増やして少しでもよい換気機能を得るためと考えられています。そしてまたこの乳突蜂巣は、他に音の共鳴を助ける役割があるとも考えられています。


そして、この乳突蜂巣の発育はおよそ6歳くらいまでに完成すると考えられています。しかしながら、他の稿にもあげた「急性中耳炎」を保育園、幼稚園の頃に繰り返していたり、そのあとに引き続いて起きることがある「滲出性中耳炎」や、さらに進んだ「癒着性中耳炎」を放置したままあまり治療しないでいたり、もともとアレルギー性鼻炎や花粉症があって小さなときから頻繁に鼻水をすする癖があるような方では、その耳管というトンネルに内向きの圧力がかかったままロックされたような状態になりやすく、換気機能の支えとなる乳突蜂巣が十分に育つことができません。スポイトで水を吸い上げる時や、また空気穴が一つ塞がれたしょうゆ差しに似た状態、プッチンプリンのプッチンする前を想像していただくとわかりやすいかと思います。つまり陰圧と呼ばれる内向きの圧力が強い状態でかかり続けると、鼓膜が内側に引き込まれていくこととなります。(ご年配の先生には、「鼓膜が倒れている」といった表現をされる方もいらっしゃいます。)

こうなると結果的に鼓膜が奥へ奥へとへこんでいくこととなります。
そして本来は鼓膜の表面の層は、時間の経過とともに中心付近から移動していきます。そしてだんだんと外耳道の皮膚へとかわっていき、やがては外耳道の外側で脂分や耳垢腺からの分泌物と混ざり合い耳あかとなって外へ排出されていくようにできています。しかしながら、鼓膜に逆向きの方向へ力がかかったままの状態で長期間経過している方の場合、鼓膜に一部小さな極端に奥まった袋のようになった場所ができることがあります。そしてそこに耳あかがうまく外へ運ばれずに貯まってしまい、それが取れずに大きなかたまりとなって貯まったまま育っていってしまうと、やがてその大きなかたまりがついには内側へむかって周囲の骨や組織との間で炎症を起こし周囲の耳の構造物をつぶしていく…といったメカニズムが考えられています。


ですので、この、真珠腫性中耳炎という怖い病気にかからないようにするためには、幼少時のうちに感染による中耳炎や、鼻すすりをさせてしまう病気に対して丁寧に対応していくことが大変重要です。
逆に言えば、お子様が小さなうちは、中耳炎をおこしたり鼻をよくすすっていたりといったことにしっかりとした治療を受けていただければ、こういった怖い病気の心配をしていただく必要はぐっと減るといえるでしょう。しかしながら、私たち耳鼻科の人間はこの怖い病気で大変なことになった方をよく知っているので、幼少期のお子様方の治療に熱心に取り組む必要性があると考えています。
つまり、耳が聞こえにくいということでは、鼓膜の手前で耳垢がたまっているだけなのか、それよりも奥の問題なのか、また、鼻をよくすする癖のあるお子様の場合、単に一時的に鼻の調子が悪くなっているだけなのか、裏にアレルギー性鼻炎、花粉症が隠れていないか、アデノイド肥大が隠れていないか、といったようなことについて特に注意を払って見せていただくよう心がけています。

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