妊娠授乳中の方のお薬の考え方
妊娠・授乳中の方へ…お薬の一般的な考え方
妊娠中・授乳中の方であっても、もちろん風邪を引くことが多々あります。またアレルギーで悩むことも多くありえます。そこでお薬を飲むにあたって赤ちゃんに影響はないのかと強くご心配を抱くような方も多くいらっしゃいます。また、お薬をお出しする、処方する側としては、情報源として参照することはお薬の「添付文書」と言って、取扱説明書のような公式の文書がありますが、残念なことにこちらの記載そのままで従えば、ほとんどの薬剤は妊娠中、授乳中の方に使用することはできません。
例えば、「妊娠・授乳中においては、治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与すること」といった表現がなされていることがよくありますが、この表現についても、何をもってそう判断すればよいのか、そしてその時点で本当にそうなのかもわからない、という問題点もあります。当然、特に妊婦の方、授乳中の方に対しては気をつけてくださいね…といった薬をつくった側からの意思である、ということについてもよくわかりますが、おそらくそれ以上書きようがない、つまりメーカーとしては可能な限り安全に作ってはいるけど、それを理解いただいても、絶対に完全な安全を保証することは実際には不可能ですよ、というメッセージだと捉えるのが妥当だと思っています。
そして、お薬の大半は確かに胎盤を通過する、乳汁へ分泌される…といったことも知られていますが、かといって全部が全部悪さを起こすわけではありません。
そもそも100％の安全は医療において保証できるものではないし、かといって症状は辛いし、じゃあどうしましょうとなると…それをしっかり取り組むと、分厚い本になってしまいますので、当院での実際の考え方や、直接関わることが多いようなところをかいつまんで以下に簡単にお示しいたします。
妊活中の方
妊娠のごく初期（受精してから2週間くらいまで）に服用した薬の多くは、赤ちゃんへの影響はほとんどないと考えられています。また、先天的な病気を持って生まれてくる赤ちゃんは、薬の服用とは関係なく、そもそも3～5%程度の割合で存在すると報告されています。
また、出生に至る以前に自然流産となることもあり、全妊娠の1割前後の割合で起こります。これらの原因としては、胎児側の受精卵の染色体異常や遺伝子的な問題などが最も多く、受精した時点で妊娠の継続が困難な場合や、流産の運命が決まっている場合も多いとされています。つまり、受精したからと言っても、またそこから妊娠が問題なく継続されるとは限らず、その原因は薬とは関係ない、もともとの体質や卵子の質、もともと持っていた遺伝子の構成に影響されるということです。
また、自然流産をきたした母体側の原因としては：子宮の異常、感染症、内分泌疾患、黄体機能不全、免疫異常、高齢などがありますが、こちらについてはある程度妊娠を希望されている方ならば検査などですでに判明している項目も多いと思います。
つまり、これは、赤ちゃんが生まれてきて障害が判明した場合があっても、その障害はもともとの細胞分裂の段階で原因が存在していた可能性が高く、原因がもしあったとしても誰が悪かったということではない…誰が悪いといった原因で発生することは少なく、また、薬によるものも少ないということです。
もちろん、妊娠を望むような方で、不用意な服薬は慎むべきでしょうし、また定期的な内服をされているような方は、まずはその定期的な内服を処方している元々のかかりつけの先生や、産婦人科の先生とよくご相談が必要と思います。
また、妊娠したかなと思った場合は、念のために、妊娠していないことが確認できるか、妊娠していても大丈夫なくすりであることを医師や薬剤師に確認できるまでは、服薬を続けない方が安心かもしれません。
男性側で影響があるお薬は？
男性側でも薬剤の服用で妊娠、胎児の育成に強い影響が出る場合は少ないとされています。精子の形成に以上をきたすような薬剤では、使用した場合は避妊期間を設定されている薬剤もありますが、精子の形成に悪影響があればそもそも妊娠が成立しないという事実もあります。ちなみに、アメリカでは、抗悪性腫瘍・抗リウマチ剤であるメトトレキサートや、高尿酸血症・痛風の治療薬であるコルヒチンに避妊期間を設けるように推奨されている模様です。
基礎疾患があり、治療中の方
実際、もともと持病・基礎疾患をお持ちの方については、その疾患の担当の先生・かかりつけの先生とよく治療について相談頂く必要があります。
一般的に、当院におかかりになる方として頻度が高そうな病気に気管支喘息があります。この病気は、調子が悪いときだけ医師にかかる、薬をもらいにいくというスタイルではなく、普段から付き合っていく病気であるということをまず第一にお考え頂ければと思います。つまり、普段から呼吸機能などの検査を受ける、発作を起こさない、吸入ステロイド剤を継続的に使用する…などの病気のコントロールができていればさほど問題になることはないように考えます。
また、糖尿病治療中の方はやや厳密な血糖値のコントロールが必要になるものと思います。血糖コントロールの不具合があると、胎児に影響が強く出ることが知られています。
また、とくにてんかん・高血圧・メンタルのお薬は催奇形性が知られているものも中にはあり、治療中の方は、妊娠についてはご担当の先生とよくご相談をお願い申し上げます。
風邪・感染症の時
…まずは予防を万全に
風邪を引くこと自体がリスクではあるので、はっきり言って蛇足とは思いますが、まずは予防について考えて頂ければと思います。まだ新型コロナが過去の病気となっていない状態では、まずは予防こそが大切なことと考えます。少なくとも人混みに出かけるときには、マスク着用が望ましいと思いますし、手洗いうがいの習慣を改めて見直して頂きたいと思います。
インフルエンザや新型コロナウイルス感染症は、妊娠中に感染するとお母さんが重症化する可能性が高くなるので、ワクチンの接種が勧められます。
（ちなみに、インフルエンザワクチンなどの不活化ワクチンや新型コロナウイルス感染症ワクチンのメッセンジャーRNAワクチンは、体内でウイルスや細菌が増殖することはないとされているので、妊娠中、授乳中、妊娠を計画中の方も接種できます。）
風疹については万全の対策を！
なお、風疹は、妊娠中にもしお母さんが感染すると、赤ちゃんに大変な影響が出る可能性がある感染症です。難聴、心疾患、白内障、精神運動発達遅滞をはじめとした、母子ともに大変な不利益を被ることが可能性として高く、それを考えると、予防接種歴のご確認、抗体が低ければ改めて予防接種を検討頂く、といったことが夫、パートナーや親世代も含めたご家族の方も含めて必要かと考えます。
また、風疹ワクチンなどの「生ワクチン」は、病原性の弱いウイルスなどが入ったもので、妊娠中に接種することはできません。風疹ワクチンは妊娠前に接種し、接種したら2か月間は避妊が必要です。つまり、妊活以前の準備として風疹対策はやっておく必要があります。
抗菌薬ってどうなの？
風邪症状であれば、その原因の大半はウイルス由来であり、ウイルスに対しては抗菌薬の効果はないことから（カゼに抗生物質は昔の話、という項目をごらんください）基本的には抗菌薬（抗生剤、抗生物質）は必要ありません。基本的には対症療法となります。
細菌のせいで強い炎症を起こしている場合、一般的な耳鼻科の範囲でよく使用するペニシリン系であればほぼ有害事象は起きないものと考えられています。クラリスロマイシン、セフェム系も同様です。
痰切り、咳止め（鎮咳去痰薬）は…？？
ムコダイン、ムコソルバン、メジコン、アスベリンなど、当方からもよく処方する、痰を出しやすくする、咳を止めるなどのお薬は、確かに添付文書には色々と注意点が書いてありますが、数日程度の限定的な使用であれば、まず問題はないものと考えます。
アレルギーのお薬について
アレグラ、クラリチン、デザレックス、点鼻ステロイド剤、キプレス（モンテルカスト）など、妊娠、授乳においては、特に大きな影響を与えるものではないと考えられています。妊娠中はどうしても循環血漿量が増える、つまり「むくむ」のですが、鼻の組織にも水分が増えて、粘膜にも通常より水分が増える、結果鼻の粘膜もむくんで空気の通り道が狭くなり、鼻づまりが起きやすいことが知られています。これには、蒸したタオルを通して息をするなどの対策がある程度有効と言われています。
漢方薬
葛根湯、小青竜湯、麦門冬湯など、風邪症状の際にあって限定的な使用であれば、まず問題はないものと考えます。
妊娠中にさけるべきお薬
ロキソニンは避けておきましょう
お腹の中にいる赤ちゃんは、自分で息を吸うわけではなく、お母さんから酸素の供給を受けているため、大人とは違う独自の血管・血液の走行があります。ここでロキソニンをはじめとする鎮痛解熱剤の一種には、動脈管というその血液・酸素の供給の道を妨げる方向に働く作用があります。ですので、特に妊娠中～後期は避けるべきであるとされています。セレコックスというお薬も同様です。
痛み止め、熱を冷ます薬としては、「アセトアミノフェン」など、そういった影響のないお薬が推奨されています。
がん治療関連薬剤
当然ではありますが、麻薬、抗がん剤などです。がんを始め母体に生命を脅かすような病気がすでにあり、体にも負担を伴うような治療を必要とする場合では、一般的には母体の健康が優先されるべきである、と考えられます。
また、抗がん剤は、特に入れ替わりが激しい細胞にダメージを与えるため、無秩序に増えるがん細胞のみならず、特に正常でも髪の毛や爪、皮膚粘膜の細胞にダメージを与えることは、副作用というよりは、主たる作用として知られていると思います。同様の理屈で勢いよく成長する細胞からなる胎児にダメージを与えます。
ホルモン剤
特に女性ホルモンに関連するお薬は、妊娠の維持に不都合なタイプの性質のお薬があります。ピルが妊娠を成立させない目的で飲むお薬であることを考えれば、そういったホルモン製剤は、妊娠中にさけるべきものということはわかりやすいと思います。
新型コロナ感染症に対するお薬
新型コロナウイルス感染症治療薬「ゾコーバ錠」は2022年11月に認可された新型コロナウイルス治療薬で、重症化リスク因子の有無に関わらず使用できる内服薬です。
新型コロナウイルスに対する内服薬は、他にも2剤（ラゲブリオ、パキロビッド）が認可されていますが、これらは重症化リスク因子を持つ患者さんが対象です。
これに対して、「ゾコーバ錠」はそこまで厳しい条件は設定されておりません。
ただし、「ゾコーバ錠」は、胎児奇形をきたす可能性があるため、「妊娠している女性又は妊娠している可能性のある女性には投与できない」と添付文書に記載されています。
そのため、妊娠していることが明らかな場合は、医療従事者に対し、必ず妊娠している旨お伝え下さい。
また、ラゲブリオについても、妊娠中は使用できないとされています。
※当院では処方は行っておりません。