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くびのがんの恐ろしさ

首のがん…のどやくびのがんの恐ろしさ…たくさんの機能障害を伴う、やっかいな病気

お酒とタバコに注意

「頭頸部がん」と呼ばれる、いわゆるのどにできるがんや、くびまわりのがんには、なかなか、治療や対応が難しい部分があります。というのは、このエリアの特徴として、人間が生きていくためにごく基本的で重要な機能が多数備わっており、このエリアに病気を生じると、その基本的で重要な機能が大幅に損なわれるということです。この領域にできるがんの頻度は低い、つまり、確かにあまり多くの方がかかる病気ではありません。実際、ご近所で胃がんや肺がんの噂話ほど耳にすることもさほど多くはないと思います。

ただ、多くはお酒、タバコが悪さをしており、治療の難しさがあります。禁煙することはそもそも難しく、また、お仕事がハードでお疲れの方は、リラックスのためお酒を嗜む方も多く、なんとなくタバコを吸いながらお酒を飲むという習慣が、長年続くことは発がんのリスクを高めていく…ということにつながります。このため、そもそも、存外肺がダメージを受けていたり、高血圧、高脂血症、糖尿病など、いわゆる「動脈硬化性疾患」、つまり血管が弱るような病気をそもそもお持ちの方も多くいらっしゃったりします。また、舌の先端から胃の入口までは同様の組織で下地が似通っており、食道癌の方は喉頭癌や下咽頭癌、下咽頭癌や喉頭癌の方は食道癌を同時に併発していたりすることも稀ではありません。また、電子タバコであっても、さほど紙のタバコと危険性については変わらないという話もあります。とりあえず、がん予防としても、生活の改善ということでも、まずタバコを持ち歩かないということが大切になってくるのではないでしょうか。

そもそも、口や舌は日常の食事の楽しさを文字通りに味わう「味覚」、またそれにつながるのどには「嚥下」の役割があります。また他人とのコミュニケーションをはかる「発声」の機能を司る場所です。このエリアにがんができるということは、残念ですが治療に伴ってこれらの機能低下は必発であるという辛さがあります。つまり、がん予防と、早期発見、早期治療が力を発揮するエリアと思います。のどの痛み、飲み込むとしみる、つかえたような感じがする、痛む…といった症状があった場合、早々の受診をお勧めしたいと思います。治療で病気が治っても、機能が落ちる:例えば口の中に放射線を当てるようなことがあれば味覚の低下はやはり高率に起こります。かからないことが一番重要と思います。

手術って具体的にどうなるの?

例えば舌がんという病気は、早期であれば部分切除、つまり腫瘍とその周辺の安全域を含めて一部分を取り除くだけで治療は終了できます(腫瘍ギリギリで切り取ると病変全体を取り切れないこともあるため、ある程度は腫瘍の周辺も安全のため取り除く必要があり、腫瘍のまわりに少し範囲を広げて余裕を持って取り除きます)。切除する部分が少なければさほどわかりませんが、やはり取る部分が大きいと、発話・発音に影響がでます。またある程度進行していた場合、取る部分がどうしても大きくなり、その場合は取り去りさえすればよいというわけにはいきません。人間は基本的には口から食事をするものであり、この舌は飲み込み、難しい言葉では「嚥下」という機能のごく最初の部分を担当しています。つまり、ものを噛んだあとの食物を、のどにうまく動かして送り込む機能があり、ここに病気があって取り去られた場合、ものを飲み込むという機能が著しく低下します。そのため、病変が大きくて、取り去る部分が大きい場合、体の他の部分から筋肉を移植して、その機能をなくさないように再建を行わねばなりません。一般的には腹直筋など、つまりはお腹の筋肉と皮膚を血管といっしょに取ってきて、またその血管を首の血管とつなげて、さらにその組織そのものを悪い部分を取り除いたあとの舌の組織へ縫い付けるなどして再建する必要があります。これには、形成外科の先生にお願いして、顕微鏡を用いての大変に細かい丁寧な作業が必要になります。この操作には、かなりの時間を必要とすることも多く、なかなか大変です。

そういった再建を伴うような手術を経た方の場合、口を開けると、皮膚の肌色が見えていることがあります。さらには、その皮膚に、うぶ毛が生えているのがわかったりして、特に家族の方がびっくりされるようなこともあります。このあたりは、日本頭頚部癌学会の一般の方や患者さん向けのページがわかりやすいと思います。

頭頸部の再建術|日本頭頸部癌学会 頭頸部がん情報

また、喉頭がんの場合は、病変が大きいと、ものを飲み込む場所そのものを取り除く必要があります。その場所ではもともと、食べものは後ろの食道へ進みなさい、息をするのに空気は前の気管へ、というように交通整理をしている場所です。そこにがんができてしまうと、小さいうちは、つまり早期がんであれば放射線で病変を焼き潰すような治療となるのですが、大きくなると、「喉頭摘出」という手術が必要となります。その喉頭という「のどぼとけ」の周辺の組織をまるごと取り払うこととなります。

つまり、食事の通り道と息の通り道の完全な分離ができるように作り変えるような手術が必要となり、そしてそののどぼとけには声帯が含まれているため、残念ながら声を失うこととなります。

空気の通り道である気管をあらためてネクタイの結び目あたりに結びつけるために、まず首に穴ができたような見た目になります。これは気管そのものなので、今まで口や鼻で息をしていたのが、その穴を通して息をすることとなります。こちらに水が入ると簡単に肺が水浸しとなり溺れることになるので、「お風呂に肩までつかる」といったことは全くできなくなってしまいます。また、鼻の奥へ空気が通らなくなり、どうしても匂いを感じる感覚がおちます。また、鼻をすするということもできないので、どうしても鼻水が多く落ちてくるようなことも増えます。

また腹圧をかけようとしてもできないため、便秘をきたすことが多く、多くの方が緩下剤を服用することとなります。ただ、睡眠時無呼吸症候群は治ります。本来の呼吸を舌の付け根が邪魔していたのが、その邪魔になる場所よりも肺に近いところで外界と空気のやり取りができるようになるからです。

声を失うということは大変なダメージですが、大体はどこの地方にも患者さんの集まりがあり、発声を取り戻そうという取り組みをされていることもあります。例えば、「食道発声」といい、いわゆるげっぷのような音になってしまいますが、食道に空気を出し入れして声をだす方法や、発声の役割を持つ「電気人工喉頭」という機械を使用する方法もあります。これは細かく振動する部分がついた機械を顎の下に当てて、口を開けて形を作ると共鳴が起こり、電気的で硬い声にはなりますが、声を出せるといったものです。

そして、この先はだいぶ未来の技術となると思いますが、今は代用音声の研究が進んでおり、もともとのお声と、ある程度の時間をかけて会話を録音しておけば、パソコンのアプリなどを通して文章を入力すると、まるでその人がもともと話していたように音声を再生してくれるようなプログラムの開発が進んでいます。

頸部郭清という、聞くこともなかなかない手術

頸部郭清という手術が首まわりの進行したがんにはつきものです。ものすごくざっくり言うと、リンパ節のお掃除の手術です。
ある程度ステージが進んでいた場合、すでに首のリンパ節に病変が飛んでいる場合があります。もしくは、明らかに飛んでいるという証拠がなくても、もともとのがんがある程度大きいと、もうすでに近辺のリンパ節に飛んでいるであろうことが予想されます。そういった場合、この手術を行います。

くびのまわりにはたくさんのリンパ節があり、その数は片方で約7~80個ずつあると言われています。また、その周囲には大切な神経や筋肉が走行しています。そして、手術を始めて、手術中に病気が飛び散ったかどうか疑わしいリンパ節を一つ一つみつけて本当に転移があるかたしかめて、また転移があればほじくって取り除いて…、というようなことはできません。そのため、原発巣、つまりもともとの腫瘍の場所と、大きさをもとにして、この手術で操作する範囲は概ね決められています。

もし、転移が事前に穿刺吸引細胞診や画像検査などで確認がされているような、大きく腫れたリンパ節があれば、おそらくその周辺のリンパ節に細胞レベルですでにある程度がん細胞が飛び散っていることが予想されます。そのため、それらのリンパ節をひとかたまりの組織とみなして、リンパ節同士のネットワークごと取り除くような手術となります。そのリンパ節のネットワークが含まれているのは脂肪組織であり、首周りの大切な神経や筋肉を残してリンパ節を含んだ脂肪組織をひとかたまりとして取り除くような形となります。もともとの原発巣とステージによってこの手術を行う場所と取り除くべき組織は変わってきますが、基本的には、割と幅広いエリアの操作となります。

手術するエリアにある神経には、主に、顎の真下の顔面神経の下顎縁枝や、やや後方の副神経、またさらに深い部分では上方では舌下神経、下方では迷走神経本幹や横隔神経が挙げられます。(※この先の説明は、患者さんのケースによって、つまり原発巣がどこで、転移したリンパ節がどこにあって、ということで手術で操作するエリアによって全然違う話になってきますので、もし患者さんやそのご家族さんがお読みになる場合は、主治医の先生とよくお話されることをお願いします。あくまで一般的な場合の説明の補助的な文章として受け取っていただけると幸いです)

もし、転移したリンパ節に強く神経がかみつかれている、もしくはパッと見でも強く腫れたリンパ節や腫瘍に神経が飲み込まれているような形であれば、犠牲にせざるを得ません。神経を残して、一緒に病気を残してしまうと、治療とならないため、切除する側に含めることとなります。そうなると、その神経が脱落して起きる症状は永続的なものとなります。

また、一時的な麻痺が起きる場合もあります。というのは、手術の最中には電気メスなど熱を伴う手術道具を使用することもあり、熱を持つ道具の使用によって軽いやけどのような状態になったり、また、操作場所を確保するために組織を牽引する(ひっぱる)などされた場合、一時的にダメージを受けてその働きが落ちたりすることがあります。

例として…

顔面神経の本幹は耳の穴の前に出てきますが、その先お顔の方へわかれていきます。眉に行く枝、目へ行く枝、鼻へ行く枝とあり、くちびる周辺へ行く枝だけ、一度少し首の方、下顎のやや下方を遠回りしてから唇へ回り込んできます。本来は顎下腺の表面の組織の中に含まれており、これらを持ち上げて保存します。しかし、がん組織に噛みつかれているような場合は、この唇周囲を動かす神経を残すわけにはいかないので、切除側に含めます。そうした場合、神経はちぎれてしまうわけなので、唇が片方だけ持ち上げられずに歪んだ状態になります。「イー」や「ウー」の唇の形が病気のある側できなくなるわけで、ものまねタレントさんが美川憲一さんの真似をした時のようなイメージをしていただければ近いかもしれません。

また、この顎下腺よりも深い位置、奥に走っている舌下神経は、もし麻痺すれば、舌をアッカンベーとした際にまっすぐ出すことが出来ません。病気のある側、麻痺側へ引っ張られます。舌の動きに障害が出ると、タ・ナ・ラ行などの舌の先端を主に使う発音がやや難しくなります。

副神経の場合は、首を支える胸鎖乳突筋と、首から背中の上部の大きな僧帽筋という筋肉を支配しており、こちらを切断することがあれば、「コラー」と人を怒る時に取るような、腕を振り上げるような動きができなくなってしまいます。また、神経が切断されると、その支配を受けていた筋肉へ電気信号が伝わらなくなるため筋肉全体が固く萎縮していきます。そのため、この副神経の損傷の場合では、強い肩こりや肩関節の運動障害が生じるため、いろいろなリハビリが考え出されています。特に手術のあと傷口が落ち着くよりも前から、ご自身で肩や首を動かしていくリハビリを行っていく必要性があります。

傷口は縫い合わされ、そしてその皮膚と組織との間には「ドレーン」というチューブを入れられて手術室から病室へ帰ってきます。皮膚と組織の間に空間ができないように、そしてその空間の中に貯まってくる不必要な血液や体液を排出させ、傷口がはやく治るように働いてくれます。排液量が減ってくれば取り去ります。また、ある程度の期間が経って傷口が落ち着いていれば抜糸・抜鈎します。

そしてしばらくしたら手術の病理結果がでます。つまり、どの場所にどれくらいリンパ節の転移があったかといったことが判明してから、そこに追加の放射線照射が必要かという検討が行われます。もし転移の数が多いということがあれば、病気の勢いが強いということですので、放射線照射は必要という判断になることが多いと思います。診断の時点でリンパ節転移があって、ステージが進行している場合には、手術だけではなく、追加の放射線治療や化学療法が必要となる場合が多いのではないでしょうか。

もしこの文章を患者さんとして読まれる方がいらっしゃれば、理解の助けとなっていれば幸いに存じます。闘病、がんばってください。

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