こどものOSAS
ご存じですか?小さなお子様にも、「睡眠時無呼吸」という病気があります
いびきがあれば疑いをもちましょう
睡眠時無呼吸症候群とは
成人の場合「睡眠中の1時間あたり、10秒以上の無呼吸発作が5回以上あること」です。寝ている最中に舌の付け根が息の通り道をふさいで、深い睡眠をとれないことによって起きるさまざまな症状のことを言います。
成人の場合、短期的には睡眠不足による眠気・集中力や判断力の低下から、交通事故や労働災害の割合が増えます。また長期的には動脈硬化が加速され、将来的に心筋梗塞や脳梗塞などの怖い病気にかかる割合が高くなります。メタボ・肥満・短い首・相対的に小さい顎の方に多く見られる病気で、無呼吸発作が20回以上あれば呼吸の補助器が必要です。これについては別の項目でご説明しておりますので、ご覧いただけますと幸いです。
小児の場合、成人のように肥満や骨格が原因ではなく、図のように
①アレルギー性鼻炎などによる鼻の前方レベルの閉塞(要するに鼻づまり)
②大きなアデノイドによる鼻の後方レベルでの鼻呼吸の障害
③口を開けて見える場所にある、大きな扁桃腺によるのどレベルの障害
が原因の特徴としてあげられます。またこれらが同時に起きて複数の場所で閉塞している場合もあります。
①のアレルギー性鼻炎にはまずは薬物療法ですが、それでも対応困難であれば舌下免疫療法や手術を考慮する場合があります。
②の場所でアデノイドが大きいと鼻を経由した呼吸ができず、「口呼吸」ばかりでいつも口がポカンと開いており、そこから発見されることもあります(=アデノイド顔貌)。
特に②、③が睡眠時無呼吸の原因と考えられるお子様の場合は、積極的に手術をお勧めします。大人と比べ、小児の場合は手術だけで大幅に改善することが多いことが知られています。
※②の「アデノイド肥大」の場合で、治りにくい滲出性中耳炎が同時に存在していれば鼓膜にチューブ留置を行う場合もあります。
※正式には、②のアデノイドは「咽頭扁桃:いんとうへんとう」、③の「扁桃腺」は「口蓋扁桃:こうがいへんとう」と呼ばれます。
小児では、特に、深い睡眠で分泌される「成長ホルモン」が減ることが知られており、成長に対する悪影響を考え軽度であっても早期の治療が望ましいとされています。
お子様にこんな様子はありませんか??
- うるさいいびきがある・いつも口が開いている・起こしても起きない
- いつも眠そう・だるそう・寝相が極端に悪い・仰向けで寝られない
- 疲れやすい・疲れてすぐ不機嫌になる・怒りやすい・協調性がない・キレやすい
- 寝ている間に胸がへこむ・すでにへこんでいる(胸郭の変形、漏斗胸)・姿勢が悪い・頭痛を訴える
- 食事が遅い・お肉など硬い食べ物を噛み切れない・食が細い・体格が小さい・あまり噛まないせいであごが小さい、歯並びが悪い・口を閉じたままでは咀嚼できない(くちゃ食い)…
- 年長さん以降でも昼寝している・おねしょがある・集中力がない・友達とよくけんかする…
などなど
️何が起きているかくわしくみていきましょう
まず、いびきがうるさいという点ですが、大人と違い、まず口や顎のサイズ自体が小さいという背景があります。もともと扁桃腺が大きいお子さんは、その分のどの空間の大半を占めることになります。また大人と違ってよく動き、コロコロしているため、吸う息に引き込まれて、のどの奥にはまりこみやすいという特徴があります。掃除機の筒の先端にボールがはまり込むような状態がのどの奥で起きます。また、鼻がつまっていたりすれば余計に内向きの圧力がかかり、のどの奥が布団圧縮パックのような状態になるため、ガーガーかいていたいびきが急にシーンとなるような息の止まり方がおきます。息が姿勢によって苦しくなるのでしょっちゅう寝返りを打ちます。本当に重症のお子様は、仰向けで寝ることができず、リクライニングシートのように体を起こした状態でないと寝られないというケースも経験したことがあります。
結果として、眠りが寸断され、質の良い十分な睡眠を取ることができません。そうすると当然起きられず、そして、起きられてもとてもしんどいので機嫌よく過ごすことができません。幼稚園、保育園、小学校低学年ではお友達と積極的に人間関係を作っていかないといけないのに、睡眠がとれていないことで怒りやすくキレやすく、しかもそれは病気のためであって自分では治せないという状態なので、まずそういった成長過程で、社会性の獲得の時点で失敗してしまいかねません。また、当然、授業には集中できず、かなりのハンディキャップとなる可能性があります。ただ、いわゆる「発達障害」といわれるような症状との鑑別は時間をかけ慎重に対応する必要があると考えています。
また、成長ホルモンと呼ばれる、体にとって大切な成長のための因子がありますが、深い睡眠が一定時間ないと分泌されないという性質があります。また、同時にこの病気では、鼻が詰まっていて、アデノイドや扁桃腺が大きい、といった状態なので、硬いもの・たくさん噛まないといけないものは、噛んでいる間にすぐに息苦しくなってくるので飲み込むまでに至らないということが時々見られます。同じ理由で、口を閉じてものを噛むことができないので、本人にそのつもりはないのに「行儀の悪い子」「クチャラー」といった扱いをされがちです。親御さんにとって食が細くて少しまわりの子より小柄だなと思って気にされていたのが、結局、お肉の塊などを噛んでいるとすぐしんどくなるので苦手だっただけで、そしてまたきちんと寝られておらず、成長ホルモンもあまり出ていなかったのではないか、といった形で説明がつくようなケースも時にあります。
また、我々の体は、息を吸い込む時、体は酸素を取り込もうと、横隔膜という膜をさげ、肋骨をひろげ、肺を膨らまそうとします。この時、大きな扁桃腺や鼻づまりがあると、口と鼻がふさがれた状態で息を吸い込もうとすることになり、体には内向きに圧力が強くかかります。スポイトで水を吸い上げるときに、ゴムでできた袋をおさえるような場面を思い浮かべて頂くとわかりやすいかと考えます。
ちなみに、この茶色のゴム風船は、耳鼻科で鼻の奥・耳の奥に空気を送り込む治療で使用するポリッツェル球というゴムでできた道具なのですが、こちらが内向けにへしゃげて変形しているのがおわかりになるでしょうか。
このように、のどの奥に扁桃腺が強くはまり込むと、息を吸う時に体の内側へ向けて強い圧力がかかります。「漏斗胸」という胸の形が変形する疾患がありますが、小さなお子様の場合、睡眠時無呼吸の重症例では、この病気が漏斗胸の原因のひとつとなってしまうことがあります。つまり、柔らかな肋骨に内向けの力が継続してかかり続け、だんだんと肋骨が内へむかって変形していきます。最終的に胸の前の壁がへこんでしまい、肋骨の矯正手術を受ける必要が生じる…といったことが起こりかねません。
また、内向けのちからが胸郭にかかっていると、水分の移動がおきます。教科書の言葉をかなりかみくだいた雑な説明になりますが、手足の末端にある水分が内向けの圧力がかかって胸の中心に吸い上げられるような形で移動するような現象が起こります。そうすると、心臓にたくさん不要な水がたまります。そうなると、これが体にとっては「心臓にたくさん水が貯まっている!捨てないといけない!」と勘違いがおきます。成人ではこれが心臓機能への負担そのものと夜間の頻尿となって現れ、小さなお子様には「おねしょ」という形で現れます。夜間の尿意はまたさらに睡眠を分断し、睡眠の質を下げます。
こどもの睡眠時無呼吸症候群の特徴
検査が難しい!そしてしっかりした統一基準が今のところあまりない
今のところ、日本国内にこれがきっちりとした手術の適応ですといったわかりやすい数字が示された標準的な基準があるわけではありません。しかも、寝ている間に酸素飽和度の低下の有無を記録するパルスオキシメーターの検査も、今まで行ったお子様で、しっかり朝まで記録できていたケースは経験の中ではあまりありません。というのはどうしてもお子様の場合は少しセンサーが大きいためズレやすいのと、睡眠中無意識にセンサーを外しがちなのです。また入院で一泊する検査も、小児症例に対応している病院は少なく、慣例的に上に記載したような、特徴的な所見をもとに判断する傾向があります。結局、医師の経験に依る傾向はあるのですが、耳鼻科の医師にとっては、そういった苦しそうな息をしていたお子さんが手術で元気になるという経験は日常たくさん見てきていますので、不安な場合はよくご相談頂ければと存じます。(手術の前後をあまり見たことのない小児科の先生は、どうしても手術を避ける傾向にあり、手術に関してはやはり耳鼻科の人間に相談していただければと個人的には考えています。)
扁桃腺やアデノイドの手術は全身麻酔ですか?
昔(約40年前)は局所麻酔で行っていたのですが、今では全身麻酔で約1時間程度の手術です(麻酔準備に30分、術後の覚醒に30分、合計2時間程度が標準)。
術後、食事の通り道にむき出しの大きな口内炎のような傷口ができるので、そこがある程度落ち着くまでの間は約1週間程度の入院で水気の多くて柔らかい食べ物を取ってもらいます。
病院にもよりますが、他のごきょうだいを預けたり、病院へ付き添い、泊まるなどの親御さんのご協力が必要な場合もあります。
アデノイドの手術だけなら、そこまで長い入院は不要で、2泊3日程度となる病院が大半と考えます。
また、手術からトータル2週間程度は術後出血の注意が必要で、退院後の約1週間程度は激しい運動やゆっくり湯船につかってあったまることはできません。また、遠方への旅行などは術後出血のことを考えて、避けて頂くことが必要です。
扁桃腺を取ると免疫の機能が落ちるのでは?
扁桃組織は免疫にかかわる器官で、特に幼少期の場合は「免疫の学校」というような役割を果たしていると考えられていますが、概ね4才くらいになるとその役割は低下すると考えられています。
また、術後粘膜表面の免疫たんぱく(IgA)が一時的に減るというデータが確認されていますが、かといってそのために普段はかからないような病気にかかりやすくなる、弱っちいバイキンにもやっつけられやすくなる…といったような、手術自体が明らかな免疫の低下を引き起こすという事実やデータは今のところありません。
「成長すると扁桃腺やアデノイドは縮む」と言われたことがあり、今は様子をみておきたいのですが…
確かに、成長とともに顎が発達して相対的に扁桃が小さくなり、狭い息の通り道が広がると言う考え方もありますし、事実そういった傾向もあります。しかし、もともと食事中に息苦しくなってしまって、「ものをよく噛む」という顎の成長を促す行為自体がそもそも困難なお子様の場合、自然な改善はあまり期待できないと想像されます。
すでに症状が長期間存在していて、見るからに負担がかかって苦労しておられる、親御さんの心労も強いようなケースでは、「このまま様子を見ていても自然に改善する可能性は低い」という判断をどこかで行うことも必要と考えます。
特に幼児の場合、苦しいのが当たり前でもそれがずっと自然な状態だったため、自分で自分が病気であるということには気がつくことができません。手術で劇的に症状が改善するケースも珍しくなく、手術後にご両親が「こんなに静かに寝ている姿をみたことがなかった!」と、お子様の姿にびっくりされることも多々あります。このため、耳鼻科では、扁桃組織が小さくなるかわからないまま苦しい症状を放置するよりも、身体的成長・精神的発達の両方に悪影響であるとの観点から、手術に踏み切る判断を優先することが多いと考えます。
発達障害への影響は?
睡眠不足が強く影響している症状に関しては、手術によってある程度の改善が期待できます。しかし、効果はやってみないとわからない面も多々あります。
また、手術によって改善が期待されるのは睡眠の質なので、そもそもの脳の機能障害や発達障害が手術によって直接治癒ないし改善されるわけではありません。ただ、もともと発達障害がある上に、睡眠の質の悪さが目立つようなお子様には、負担を減らすという意味では手術に価値があると考えます。